アルジェリア / サウジアラビア / オマーン / バハレーン / アラブ首長国連邦 / イエメン / チュニジア との国際交流。

アラビア諸国との国際交流-竹本元一-Club ANFAA

アラビア諸国との交流

1980 年代の個人的なシリア・ダマスカス滞在やヨルダン、イエメン、エジ プトへの旅、仕事としてのチュニジア川崎重工セメント工場建設での通訳業務、 1990 年代のモロッコ観光周遊ツアーの添乗業務、そして 2005 年から(株)富士 アトラス国際交流センター社の管理職者としてのサウジアラビア滞在とオマー ン, アラブ首長国連邦、バハレーン訪問などを経験し、現在私は 2007 年後半 よりアラビア 22 カ国のうちのひとつアルジェリアで大統領発令による鹿島、大 成、間、西松の4建設会社のジョイントベンチャーの東西高速道路建設の通訳 業務に携わっております。

アルジェリアと我が国日本

私の小学校時代はアメリカからの脱脂粉乳が給食で出されておりました。 アメリカのおかげで成長した事実には恩義を感じてはおります。 また、我が国が民主主義国家に成長したのもアメリカとの親密日米安保政 策を 60 数年続けていた自民党政権によるものです。 しかし、ここまでには原爆の被災やアメリカ軍の空襲による多くの犠牲を 払ってきました。

偏った我が国のメディアにより世の中は親米平和ボケ諷長にマヒしており ます。なぜか毎朝の民放テレビ局のニュースでは日本人の野球選手がアメリカ で何本ヒットを打ったとか何億円で契約をとったとか、どうでもいいような報 道にニュース番組時間の 4 分の 1 ぐらいをさいておりますが、終戦 60 年以上た っていてもアメリカに対するコンプレックスは消すことができないのでしょう か? 早く文化的にも独立をしたいものです。

1830 年代、アルジェリアは、ナポレオン失脚後、革命で首をはねられたル イ 16 世の弟シャルル 10 世の王政復古政権下のフランスにより、植民地化され ました。反フランスのリーダーとして立ち上がったアブドルカーデルは初めて 全アルジェリアの部族を統一してフランスに立ち向かいましたが、捕えられ、 当時牢獄であったアンボワーズの城に幽閉されてしまう。以後は 1962 年の独立 までこの地はフランスの海外県の一つとしてフランス語が公用語として教育さ れ、いろいろな文化・社会システムがフランスのおかげでフランス本土からも たらされ近代化したのです。

近代から現代までアルジェリアが払った犠牲というのはおびただしいもの です。アルジェリア出身者は近代ではズワーブ兵としてフランスのために戦い、 現代でも第 2 次大戦、インドシナ戦争、ベトナム戦争などでもっともフランス のために多くの血を流したのがブルターニュ出身兵とアルジェリア出身兵。 さらにフランスはアルジェリア出身者に対し、第 2 次大戦に出兵すれアル ジェリアの独立を認めると約束したが、その約束を破るばかりか、1945 年 5 月 8 日ドイツでナチスが崩壊した日、フランス軍はアルジェリアのセティフで大虐 殺を行いました。落下傘部隊が村人たちを穴を掘らせて生き埋めにする、妊婦 の腹の中身を見るためナイフでかっさばく等、45000 人が虐殺されました。

1954年からアルジェリアの独立をめざすジグードユーセフやディドゥシュ ムラド等 22 名が解放評議会を結束したが、その間にフランスが行った拷問、ギ ロチンにかけた人数はおびただしいものでした。1960 年からは核兵器が人体に 及ぼす実証のため核爆発現場にアルジェリア人の村人を縛りつけるなどの人体 実験を数回行っています。

1962年フランス本土パリではアルジェリア人のデモ隊に国家警察部隊が多 くの死者を出す弾圧を行い、当時の警視総監に対する裁判はまだフランス国内 で続いています。 その内政問題で失脚したシャルル・ドゴール大統領の時代 1962 年にアルジ ェリアはフランスの県のひとつから国家としての独立を勝ち得たのでした。 首都アルジェにある軍事博物館を訪れましょう。アルジェリアがフランス から受けた傷の痛さがひしひしと伝わってくることでしょう。 尚、フランスの海外県のアルジェリアと違い、フランスの保護領であった チュニジアとモロッコは 1956 年に独立しました。

原爆の被爆と空襲で多大な犠牲を受けた後、朝鮮戦争とベトナム戦争でア メリカへ兵器を売るなどで大儲けし、経済的に、また文化的にも飛躍をした我 が国日本。 フランスのために多くの血を流し、それでもフランスのおかげで 近代化、社会構造的、文化的な進歩をしたアルジェリア。列強のアメリカとフ ランスのおかげではあるものの深い傷を持つという共通点のある日本とアルジ ェリアです。

 

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アルジェリアの経済:将来の展望

1962 年の独立以来、アルジェリアの国語はアラビア語に変わりました。 独立前にフランス語で教育を受けた老人層の人たちはアラビア語を解しません。
独立後アラビア語で義務教育をうけた青年層はアラビア語を自由にこなせます がフランス語能力の低下は著しく、現在は文化的過渡期であることは認めざる を得ません。ちなみに山岳部のカビリヤ族にとってはフランス語もアラビア語 もどちらも外国語である以上どうでもいいことで、それよりもカビリヤ語を認 めてもらいたいという闘争をしております。それに向かって殺害テロを犯すイ スラム過激派たち。文化というのは血を見る恐ろしいものです。

ヨーロッパ、アメリカ、日本も含め、高齢化社会を目前にしている老人 国家のわれわれに比べ、アルジェリアは 35 歳以下が人口の 60%近くになって おり、天然ガス、石油を有し、他にサハラ南部では最近地下水が発見され、灌 漑用水を開発させれば農業の発展は飛躍的なものになります。ところが、それ らの開発のためのノウハウがないので、外国との経済発展協力が必須です。 アルジェリアはどこと協力体制を敷くべきか?

前述のフランスとのいきさつから、言葉の不自由はなくてもフランスとは手を 結べません。過去の過ちは許すことはよいことですが、忘れてはいけません。 (残 念ながら日本ではメディアがアメリカに対するそれを忘れさせている。) アメリカとはイスラエルからの難民のパレスチナ人を支援している政策か らイスラエルの後ろ盾のアメリカとは協力は難しい。 というと、最も協力者として理想的な経済大国は日本なのです。

いつもお客さんをアラビア諸国へ案内すると皆さんが驚くことは、何故ア ラビア人達が日本人に対して親切であり友好的であるか、日本に興味を抱いて いるか、なぜ我々日本人はアラビア人達から好かれているか、ということです。 私は、理由は 2 つあると思うのです。 彼らは、イスラム教徒でない我々日本人は、決して同胞とは思っていない でしょう。 ですがアメリカに立ち向かい、広島・長崎でひどい目に会ったか わいそうな国という同情。それにも負けず努力をし、アメリカと対等の経済力 を持つようになったという憧れ。この同情と憧れが混ざりあった意識だと思う のです。

石油・天然ガスを有し、これからの農業発展が見越せる豊かな国でありな がら、政治の汚職・腐敗などのため国民一人一人が貧しい国アルジェリア。食 品のほとんどを輸入に頼っており、資源もないのに国民の生活水準の高い国日 本。 豊かな貧しい国アルジェリアと貧しい豊かな国日本ががっちりと手を組 めば素晴らしい協力体制を創造できると思うのです。

密接なアラビア日本間の物質的交流と人的 ・ 文化的交流の皆無 アラビア諸国に行けばハイテク、自動車などばかりでなく、ドバイやサウ ジアラビアの男性がきている白い長服の生地を調べると大阪で製造されたもの などが多い。 日本でのたこ焼き。今は中国産のブヨブヨのが日本へ多く入ってきている が、それまではいっていたコリコリした美味しいタコは日本と漁業協定を結ん でいるモロッコから入っていた。 物流では密な関係なのに人的な交流、文化的な交流が皆無なのは否定でき ない。

サミット首脳会談の参加国となっている日本へはアラビア各国の報道特派 員が日本へ送られ、日本のことは秋葉原の殺害事件から、岩手・宮城の地震の ことまで報道されている。報道メディアの超後進国日本ではアメリカ以外の国 で何が起こっているのかはさっぱりわからず、日本国民を無知にしています。

私の勤務しているアルジェリアの現場は日本から新任してくる人たちはど ういう情報を得てきているのかは知らないが、アルジェリア人に対する態度が 未開発後進国の無知無能な人たちと蔑視しているのが現状で大変残念なことで す。植民地主義の被植民者に対するような態度をとっている者さえおり時代錯 誤甚だしい光景も見受けられます。憧れの日本人達と職場を共有し、日本の企 業で働きたいと夢を抱いてきた若者たちがいざ雇われ日本人と付き合ってみて、 幻滅しているのが実情のようです。 我が国の企業、特に土木、建設業界では、既にすべて造り上げられている 日本国内市場より、こういった未開発の国との協力に頼らねば生き残れないと いう認識、こういった国の若者たちに対して蔑視する態度を避け、お客さんで あるという意識を持つのも必要だと思うのです。

人件費が安いという利点から、アルジェリアもしくはチュニジアに製作所 を設け、こちらの港からフランス、スペイン、イタリアなどへ輸出する体制を 敷き事業を興したい御希望、またはパリ(フランス)での連絡事務所開設の御希望 があればご一報ください。 尚、私の愚妻はフランス人で、私自身フランスでの 2016 年までの滞在・労 働許可書を保有しておりますのでお力になれます。 アラビア・ヨーロッパとの経済・文化交流についての皆様の御意見をお待 ち申しております。