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竹本元一のヨーロッパ乗馬ツアー - Club ANFAA - 日・仏・アラブ・アンダルシア友好クラブ

毎年5月にスペインのヘレスでヨーロッパ最大の馬祭りが、そして毎年12月にはパリで大きな馬のサロンが催されます。日本全国からの皆様の乗馬クラブが御協力いただければ日本ブースを設け、ヨーロッパのライダーを多く日本へ誘致できるような体制を整えていけると考えております。また、そのブースで絵馬、馬頭観音、流鏑馬等の日本の馬文化を紹介されたい方がいらっしゃいましたら、コーディネートも致します。

 

ヨーロッパ乗馬へのお誘い

日本の馬子唄などは驚くほどモンゴルの民謡と共通し似ているという見解は民族音楽を専攻している学習者達の常識ですが、日本へ馬が入ったルーツを考え騎馬民族の国、蒙古へいくつかの旅行社が乗馬ツアーを企画し催行していることは、馬文化を語るには意義のあることと考えます。

 

ヨーロッパの場合

ヨーロッパの最強軍団はフランスとオーストリアでした。フランスは海軍はよくイギリスに敗れておりますが、陸軍は強かった。パリ陸軍士官学校の正面3つの入り口に歩兵課、砲兵課、騎兵課と刻まれており、陸軍を強くしたのに馬が一役かっているのがわかります。徳川慶喜と友好だったナポレオン3世からナポレオン・ボナパルト、さらにベルサイユ宮殿を造ったルイ14世までさかのぼりますと軍馬用のアラブ馬の種馬飼養所「HARAS」を創設したのはルイ14世の大臣コルベールでした。さらに中世にアラビア人のサラセン帝国によって、いかに速く敵を攻めるかという武器としてアラブ馬がヨーロッパに持ち込まれました。ヨーロッパのアラビア最後の居城がグラナダのアルハンブラ宮殿でした。

ランスから南スペインのアンダルシア、さらにアラブ馬がヨーロッパに入ってきたルーツを探り、モロッコのサハラ砂漠を馬で縦断旅行するのもロマンのあることです。

ヨーロッパ各国では、観光バスでなく、馬でのエコロジックな観光が発達しております。フランス語でTourisme équestre(トゥーリズム エケストル)と申します。是非ヨーロッパで騎乗して下さい!

 

Tourisme Equestre

~馬でのエコロジックな観光を~